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  <title>国際ボランティアNGO -NICE（ナイス）-｜ 国際ボランティア　トップページ - コソボ</title>
  <updated>2009-12-08T15:54:16+09:00</updated>
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    <title>戦争の傷跡は</title>
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    <updated>2009-12-08T00:00:00+09:00</updated>
    <published>2009-12-08T00:00:00+09:00</published>
    <modified>2009-12-08T15:50:58+09:00</modified>
    <summary>コソボ&#13;
池田　美雪さん &#13;
&#13;
  &#13;
    &#13;
      ワーク内容&#13;
      子ども達へ語学・ｽﾎﾟｰﾂ・芸術ｸﾗｽの開催&#13;
    &#13;
    &#13;
      参加ﾎﾞﾗﾝﾃｨｱ&#13;
      &#13;
        ５名（ﾌｨﾝﾗﾝﾄﾞ、仏、ｽｲｽ、ﾆｭｰｼﾞｰﾗﾝﾄﾞ、日本）&#13;
    &#13;
    &#13;
      宿泊施設&#13;
      &#13;
        借家、自炊&#13;
    &#13;
  &#13;
&#13;
 &#13;
私がコソボへ行きたいと思ったのは、｢戦争があった現実をこの目で確かめたい｣という理由です。数年前で戦争があって、同じ年代の人たちはどういう暮らしを していて、何を考えているのだろうという興味。それを確かめるために、コソボへと旅立ちました。&#13;
　車で宿泊施設である一軒家へたどり着くまでの道のりは、本当に平和でのんびりしていて、穏やかな風景でした。ただ、普通と違った点は、街中に軍隊が常に巡回していること。彼らがいるおかげで、コソボの平和は保たれていました。&#13;
　現地のボランティアは10名くらいで、18～20才の主に男の子が多かったです。彼らの多くは、戦争中にドイツなどへ難民として行っていたそうで、ドイツ語を流暢に話していました。ワークキャンプでは、様々なコースを行ない、私はおりがみと習字のクラスを受け持ちました。クラスには、英語を話せる現地のボランティアが通訳として間に入ってくれて、とてもスムーズに、楽しくクラスを進めることができました。&#13;
何度か、アルバニア人とセルビア人が分断されている市へ出かけ、パスポートを持って、セルビア人側へ行くこともありました。私のような外国人は、パスポートがあれば簡単に出入りできますが、現地の人々は命の保障がないので、渡ることはありませんでした。戦争の傷跡が残っている現状を目の当たりにして、とても心が痛みました。&#13;
　実際に、現地ボランティアと話をしたら、彼らの心はまだ癒されていない様で、戦争後のコソボへ引き戻されてどうしたらいいのかわからない、と言っていました。失業率も非常に高く、仕事をしていない人たちがたくさんいました。この状況をどのように改善していくか、彼らがコソボをどのように変えていくのかが、今後の課題であると思います。&#13;
　今回ワークキャンプに参加でき、たくさんの人々と接して、仲良くなることができました。私自身、多くのことを学び、彼らにも日本のことについて、たくさん伝えられたと思います。</summary>
    <content type="text">コソボ&#13;
池田　美雪さん &#13;
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      ワーク内容&#13;
      子ども達へ語学・ｽﾎﾟｰﾂ・芸術ｸﾗｽの開催&#13;
    &#13;
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      参加ﾎﾞﾗﾝﾃｨｱ&#13;
      &#13;
        ５名（ﾌｨﾝﾗﾝﾄﾞ、仏、ｽｲｽ、ﾆｭｰｼﾞｰﾗﾝﾄﾞ、日本）&#13;
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      宿泊施設&#13;
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        借家、自炊&#13;
    &#13;
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私がコソボへ行きたいと思ったのは、｢戦争があった現実をこの目で確かめたい｣という理由です。数年前で戦争があって、同じ年代の人たちはどういう暮らしを していて、何を考えているのだろうという興味。それを確かめるために、コソボへと旅立ちました。&#13;
　車で宿泊施設である一軒家へたどり着くまでの道のりは、本当に平和でのんびりしていて、穏やかな風景でした。ただ、普通と違った点は、街中に軍隊が常に巡回していること。彼らがいるおかげで、コソボの平和は保たれていました。&#13;
　現地のボランティアは10名くらいで、18～20才の主に男の子が多かったです。彼らの多くは、戦争中にドイツなどへ難民として行っていたそうで、ドイツ語を流暢に話していました。ワークキャンプでは、様々なコースを行ない、私はおりがみと習字のクラスを受け持ちました。クラスには、英語を話せる現地のボランティアが通訳として間に入ってくれて、とてもスムーズに、楽しくクラスを進めることができました。&#13;
何度か、アルバニア人とセルビア人が分断されている市へ出かけ、パスポートを持って、セルビア人側へ行くこともありました。私のような外国人は、パスポートがあれば簡単に出入りできますが、現地の人々は命の保障がないので、渡ることはありませんでした。戦争の傷跡が残っている現状を目の当たりにして、とても心が痛みました。&#13;
　実際に、現地ボランティアと話をしたら、彼らの心はまだ癒されていない様で、戦争後のコソボへ引き戻されてどうしたらいいのかわからない、と言っていました。失業率も非常に高く、仕事をしていない人たちがたくさんいました。この状況をどのように改善していくか、彼らがコソボをどのように変えていくのかが、今後の課題であると思います。&#13;
　今回ワークキャンプに参加でき、たくさんの人々と接して、仲良くなることができました。私自身、多くのことを学び、彼らにも日本のことについて、たくさん伝えられたと思います。</content>
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