佐藤亜弥美さんの履歴書。

2013/01/10

結婚と同時に、旦那さんと一緒にアフリカへ。
佐藤亜弥美さんの履歴書。

名前
佐藤亜弥美さん
性別
女性
年代
23才(インタービュー当時)
属性
市役所の臨時職員
参加国
ジンバブエ

NICEとの出会いを教えてください。

地球市民アカデミアというNPOで活動していたんですが、そこで一緒だった子がNICEの経験者だったんです。それで詳しく知って、ネットで検索したんだと記憶しています。

いつ頃からアフリカに興味を持ち始めたのですか?

中学生2年生の時です。道徳の授業で先生が南北問題の話しをしてくれました。そこから南北問題が気になり始め、自分で色々と調べていくうちに、アフリカの状況を知る事になりました。元々ブラックミュージックが好きだったのもあったので、そこからアフリカ一直線になりましたね。

看護学校を選んだのは?

衛生看護学校は助産師の資格が取れる学校です。そこで助産師の資格を取って、アフリカへ行けたらいいなと思っていました。でも勉強を始めてみたら、自分には合わないと感じ、学校を退学しました。

やめた時点で何か違う形でアフリカに関わるという考えを持っていたのですか?

その頃はどうしたらいいんだろうと迷っていました。資格も何もないし、高卒だし、大学へ行った方がいいのかもしれない。そうやって、ずっともやもやしていました。ただモヤモヤしていてもしょうがないので、地球市民アカデミアに入り、活動することにしました。地球市民アカデミアは、国際協力、開発教育、貧困、メディアリテラシー、社会的企業、地域活性化などを、講義・ワークショップで学ぶ通年の市民講座を企画しています。この企画の一環として、写真家・桃井和馬さんの講演会を主催しました。桃井さんは世界の問題を写真に撮っている方です。桃井さんとお会いして、「君はもっと現地を見に行かないとダメだ」と言われました。またプログラムの細かなことを気にしてしまう私に、「そんな細かいこと、海外へ行ったら通用しないよ」と。パック旅行でアフリカは3週間ほど行ったことがあったのですが、現地の生の姿を見たかと言われれば、ノーでした。それで、もう少し現地を見る必要があるなと考え、長期間旅に出ることにしました。南アフリカからザンビア、マラウィ、モザンビーク。。。この旅でアフリカが更に好きになり、アフリカで住む道を探し始めました。その為に、アウトドアショップでお金を貯め始めました。

そこで今の旦那さんと出会い、お二人で国際ワークキャンプに参加をしていますね。なぜお二人で参加を?

私はずっとアフリカへ行きたくて、アフリカに住みたいくらいに思っていたんです。でも今の旦那と出会い、結婚しようという話になりました。結婚するにあたって、私は途中アフリカへ行きたくなるよという話をして、二人で現地を見ておこうかという話しになりました。旦那はバックパッカー的なノリもなく、発展途上国も初めて。旅行で行くと不安だというので、NICEだったらある程度見ていてくれる人がいるから大丈夫だろうということで、参加を決めました。

そうだったんですね。ジンバブエの国際ワークキャンプに参加され、満足度60%、活動60%のやりがい度の数字を付けていただきました。この数字に込めた思いは?

現地の生の姿を見ることが出来たのはとてもよかったです。ただ参加者が私と旦那以外にいなかったこと、ワークの内容が本当に現地のニーズにマッチしていたのか疑問が残ったので60%としました。現地の団体が管理している菜園の整備をしたのですが、とても水はけの悪い場所で作物を育てているんですね。そこにはえている水草?のような雑草を抜く作業をしたのですが、そもそもこの草を抜いてしまったら更に水はけが悪くなるのではないかと感じました。またミミズを寄生虫扱いして、殺してしまうんです。ミミズは土を元気にしてくれる生き物にも関わらず。。そういう基礎的な知識を持っていない人が、菜園を管理していました。もっと現地の人が知識を付ける必要性を感じましたね。

国際ワークキャンプ参加後、恵那に移住したのはなぜですか?

東京で暮らしていくことに価値を見いだせなくなったからです。東京にいるとどうしても自然と触れ合う機会がなくなりますし、スーパーで野菜を買うというのがおかしいなと感じるようになりました。野菜もおいしくないですしね。ただ移住をするためには、移住先に仕事がないとできないですよね。色々調べた結果、自分の故郷である恵那で地域おこし協力隊の仕事があることを知りました。それで、旦那がその仕事をすることになったので、移住を決意しました。

移住をするになたって、不安はなかったんですか?

もちろんありました。仕事はあるのか、暮らしを楽しめるのか。東京に住みたくないという気持ちだけで決めていいものなのか。でも自分の故郷であれば、知り合いも多いですし、助けてもらえるなと考えました。今は私自身も市役所で臨時職員として働けていますので、特に不安はないですね。

今後の夢や展望は?

森の幼稚園(1950年代中ごろ、デンマークのひとりの母親が「子どもたちに幼い頃から自然と触れ合う機会を与え、自然の中でのびのびと遊ばせたい」と願い、毎日子どもをつれて森に出かけたのがきっかけ。ドイツでは1990年代になって急速に増え、現在では幼稚園として認可され、ドイツ国内に150以上の森の幼稚園があります。自然体験活動を中心にした子育ての総称)を実現したいです。森の幼稚園のコンセプトを知ったのは、アウトドアショップで働いていた時でした。お客さんの子どもが、森の幼稚園に通っていて、雨合羽を買いに来ていたんです。それでそんな幼稚園があるんだと知り、調べていくうちにこのコンセプトが気に入りました。いつか、この恵那で森の幼稚園を作り、幼稚園の中で畑をして、採れた野菜で給食を作りたいですね。また、来年森林インストラクターの資格を取得しようと思っているのですが、これを取ると里山の案内などができるようなので、名古屋(都心)に住む人を対象にした企画を立て、そこで出た利益でアフリカから農業の研修生を呼びたいなと思っています。

最後にメッセージをお願いします。

お金をどんどん稼ぐことに魅力を感じなくなってきている人が増えてきています。社会起業やNPOに関わることで、人生の実感を得られる人が多いと聞きます。どんどんそういうよいエネルギーを広めていけば、よりよい社会になるのではないかと思っています。与えることに快感を、そういうことが自然になる社会がいいなと思います。

佐藤亜弥美さんインタビュー
2012年12月29日(土)10:00-@スカイプ

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